暖流

2014年4月29日 (火)

【まとめ】 第1章「志摩家の人々」 岸田國士『暖流』

こちらで毎日掲載している、76年前の新聞小説『暖流』。
第1章「志摩家の人々」が、昨日で終わりました。この記事はダイジェスト版です。
あまり有意義でない解説やコメントを交えつつ、1章のあらすじをご紹介します。(挿絵: 岩田専太郎)

物語は、指の手術の場面から始まります。
ミシン針が指に突き刺さってしまった、という啓子。
(尖端恐怖症者にとっては、のっけから、ちょっと辛い描写かもしれません)
年齢は二十歳そこそこのお嬢さんですが、痛がったり怯える様子もなく手術を受けています。勝気でプライドの高い啓子の性格が、最初からよく表れている場面でしょう。

020

手術を担当しているのは、若い外科医の笹島先生。
(ここではまだ年齢の描写がありませんが、後の記述から、30代前半位と分かります)
笹島先生も、相当の自信家でプライドが高いようです。
しかも、「啓子さんの手術、僕がやるからねっ」と自分からしゃしゃり名乗り出たり、その割には針がうまく抜けなくて、手術中に何度も「チッ」と舌打ちしたり。
で、やっと無事終わったら、まるで偉業を成し遂げたかのようにご満悦……という、幼児性まるだしなオレ様男なんですの。

もし、「こういうカレ(※高学歴・高収入)って、どう思う?」と友人から相談されたら、「やめとけ」って言いますわ、私だったら。
そんな笹島先生には、啓子さんもまるで関心がない様子。
医局に挨拶をして、さっさと帰ろうとしますが……。
055

一人の看護婦が彼女を呼び止めます。
なんと、女学校時代の同級生、石渡ぎんでした。
彼女もかつては「お嬢様」だったはずですが、家庭の経済的事情からか、今は志摩病院で看護婦の仕事をしているようです。

「あたしが学校やめるとき、あなたにいただいた栞、まだ持っててよ」
「あら、そんなものあげた? どんなんだか忘れちゃった」
「象牙に彫もののしてある、あたしたちには買えないような栞よ。いい色になってるわ」

ここは、ぎんの立場になって読むと、何だか切ないですね。
啓子は、自分が恵まれた境遇にあること、そして自分の何気ない言動が、他人を傷つけてしまっているかもしれないことに、まだ少しも気付いていません。
022

さて、ぎんは、啓子に向かってこんなことを打ち明けます。
「実は最近、志摩病院のことで、いろんな噂が立って、気がかりなことがあるの……」
わっ、どんなゴシップやスキャンダルが彼女の口から飛び出すのかしら?
啓子は好奇心を示しますが、結局、ぎんはためらってしまい、具体的なことは何も言い出さないまま、勤務に戻ってしまいました。

ぎんと別れた啓子は、鎌倉山の別荘へ向かいます。
志摩家の本宅は本郷にありますが、今は兄夫婦が住んでいて、両親は父(泰英)の療養のため、別荘で暮らしています。

004

母の瀧子は、娘を見るなり、包帯の巻かれた指を見て驚きます。
「赤ちゃんが生まれた友人のために、ミシンでベビー服を縫っていたら、針が指に刺さっちゃった」と啓子は説明するのですが、この母親との会話、啓子はとっても生意気です。
わざと母親を冷や冷やさせたり、からかうような物言い、いちいち癇に障る、余計なひと言。
都会で悠々と暮らしている、若い娘ならではの傲慢さなんでしょうが、これもきっと、本人は無自覚なんだろうなあ。
002

まあ、それはともかく、「誰に診て頂いたの?」と母親に聞かれた啓子さん、
「なんとかいう若いひとがやってくれたわ。あぶなっかしいの」

笹島先生、哀れ……orz。しかもその後、
「香水のにおい、ぷんぷんさせてたわ」
「ああ、じゃ、笹島さんだ。あれで秀才だよ、あんた……」
という母娘(院長夫人・令嬢)の会話。
ちょっ……香水の匂いぷんぷんさせて、しかも、それがトレードマークになっちゃってる外科医のセンセイって……。
医療従事者として、そもそもどうなんですかね?! (私は診てもらいたくないです)

啓子の父で、志摩病院の院長である、泰英。
しかし今は病を患い、この鎌倉山の別荘で療養中です。
実は胃癌で、もう長くはないのですが、そのことは家族には秘密にしているようです。
その代わり、娘に向かって「そろそろ嫁に行かんか」などと言い、口うるさがられてしまいます。

007
そこへ、啓子の兄夫婦から突然、訪問の連絡が入ります。
長男の泰彦は、ウィーンまで留学しながら、正式な医者になることはできず、父の病院に籍だけ置いて、親の財産で遊び暮らしている様子。
昨日から夫妻で泊りがけのゴルフ、ふとした思い付きから、両親宅で夕食をとる気になったのでしょう。

女中から告げられた瀧子は、つい「あら、困ったね」と言ってしまうのですが、というのも、泰彦は先妻との間の子。
瀧子にとっては継子なので、うっかり本音が出てしまったのです。
「困りもしないか。じゃ、予定を少し変えよう。海老はまだあったろう?」
と、慌てて言い繕うのですが、いやあ~こういう描写って、嫌な感じにリアルで良いですよね。

しかし、いつまで経っても、兄夫婦は現れません。
奥様は時計を睨んでイライラ、お嬢様はお腹を空かせています。
やっと車が来たと思ったら、結局泰彦はおらず、妻の三喜枝だけがやって来ました。
「ホテルを出ようとしたらぁ~、ウィーン時代のお友達にばったり出くわしてぇ~、だから泰彦さん、もう一泊することになってぇ~」
みたいな言い訳を、もうちょっとお上品な言い方でなさいます。
でも、聞いてる側のイラつき度としては、どっちもあまり変わらないと思います。
啓子お嬢様は、そんなことはお構いなしに、伊勢海老を剥いては食べ、剥いては食べ、に没頭しておられます。

009

そこへ、お父様が突然の重大発表。

「志摩一家もこれまではまず順調な道を歩いて来た。しかし明日はどうなるかわからんよ。わしのからだも何時までという保証はできんし、財産もいろんな事情で一切人手に渡るようなことがあるかもしれん。もちろん、わしの生きている間は、みんなが食うに困るような状態にはせんつもりだが、少くとも、すべての点で、贅沢は禁止だ。今からその覚悟をしてもらわにゃならん。具体的なことは追ってきめるから、文句の出んようにしてほしい」

えーーっ!! そ、そんなこと、いきなり言われても…… (次回に続く)

岸田國士 「暖流」の世界 - 昭和の名作新聞小説を読む

2014年4月21日 (月)

キャラ萌え小説としての『暖流』

タイトルは、無難に「キャラクター小説としての~」にしようかどうか迷った挙句、真面目な方々からお叱りを受けることを覚悟で、「キャラ萌え」にしてしまいました。すみません……。

というわけで、少々軽薄な物言いになりますけれども、岸田國士『暖流』(1938年)における、登場人物の魅力を語りたいと思います。

とある名門病院の再建をめぐる人間ドラマと、そこから生まれる恋愛ドラマ。物語性豊かな『暖流』では、この二つがストーリーの大きな柱となり、絡み合って展開します。
多くの人物が登場しますが、恋愛ドラマにおける主要なキャラクターは、次の4人。

志摩病院の再建を任された青年実業家、日疋祐三(ひびき ゆうぞう)。
院長令嬢の、志摩啓子(しま けいこ)。
看護婦で、啓子の旧い友人でもある、石渡ぎん(いしわたり ぎん)。
そして、啓子の婚約者となり、将来の院長の座を狙う外科医、笹島(ささじま)。

彼らが三角関係ならぬ、四角関係を繰り広げていく、心の葛藤が大きな見どころとなっています。

まず、ヒロインの啓子。二人の男性の間で心が揺れ動きます。
病院のため、志摩家のために尽力してくれている日疋さん。だが、合理主義で実業家気質の彼とは、根っから価値観が合いそうもない。ずけずけと、不躾な口のきき方ばかりするし……。
笹島先生は、優秀なエリート外科医には違いないけれど、キザで傲慢なところが嫌。ちょっと悪い噂も聞くけど、本当に大丈夫?

……という具合に、二人とも彼女にとっては不安要素だらけで、生涯の伴侶とする決断には、なかなか踏み切れません。

この構図、ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』に似ていて、個人的には非常に好みでございます。
というか、恋愛小説(もしくはラブコメ)における、もはや普遍的な「型」の一つですよね。
(啓子がリジーで、日疋がダーシー、笹島先生がビングリー、に当たるでしょう)

一方で、看護婦のおぎんちゃん。
啓子のウダウダぶりに比べると、彼女はずっとさっぱりしています。
とにかく、日疋さん一筋! なんですから。これはこれで、潔くてよろしい。

そういうわけで、二人の女性は好対照に描かれています。
洗練された都会人、ちょっと勝気なお嬢様の啓子。
純朴な清純派ナース、おぎんちゃん。
なお、おぎんちゃんは、かつては啓子と同じ女学校へ通っていた良家の子女でしたが、家が凋落し、今では看護婦として貧しくも懸命に働いているという、健気キャラでもあります。
しかも、それが啓子の父が経営する病院だというところが、一層不憫さをそそります。

どちらが好みで、感情移入できるかは、人によりけりでしょうから、「私は啓子さん派」「断然おぎんちゃん派!」などというふうに、周囲と盛り上がりながら楽しむのも一興でしょう。

男性陣に移ります。
実業家の日疋さんと、外科医の笹島先生ですが、「ちょっと微妙……」な点については、既に啓子さん視点で見ましたので、今度はおぎんちゃん方面から、日疋さんに胸キュンしてみましょう。

最初のうちは確かに、「なにこの不愛想でつまらん男……」って感じなんですけど、病院の再建に向けて、周囲の無理解にもめげず、黙々と孤軍奮闘する彼の姿に、だんだん引き込まれていくんです。
黙って仕事して、背中で語る、「ザ・昭和の男」でございます。
気が付けば夢中になっていて、日疋さんの不器用な訥弁すら愛おしい……と思うようになったら末期症状です(笑)。
(ええ、何を隠そう私自身も、日疋さんが大好きなのである)

さて、対する笹島先生ですが、そもそもこの人、名前の時点で負けてます。
だって、他の三人はちゃんと下の名前があるのに、笹島先生だけないんですよ?!
作者からの愛が足りないわあ~(苦笑)。
(ちなみに、あまりの不憫さゆえか、2007年版のドラマでは「和也」という名前が付いています。しかも、「和也、って呼んで下さい」なんていう、カワイイ台詞まで。よかったね、和也くん)

まあ、それはともかく、東大医学部卒のエリートです。
性格はやな男ですよ。キザで、プライド高くて、傲慢。
志摩病院院長の椅子が目当てで、啓子嬢に近づきます。誠実そうな男を装って。
しかも、どうやら身持ちがよろしくないという、典型的な色悪ですな。

でもね……。同時に、この種のキャラにはありがちなのですが、いまいち冷酷非情な男になり切れないというか、要するに、ツメが甘い。
結構、間抜けなお方です。
(なお、本宮泰風演ずる2007年版のドラマでは、ツメの甘さとマヌケっぷりが突き抜けた末に、笹島先生が「kawaii☆」の域に達していたことを、お知らせしておきます)

こちらも、日疋さん派と笹島先生派に分かれるんじゃないでしょうかね~。

ちなみに私は、「日疋さん×おぎんちゃん」で幸せになってほしい派、です。

物語はどんな展開になっていくのでしょうか?
一日一話ずつ掲載していきますので、本編の原作小説は、こちらからどうぞ!

岸田國士 「暖流」の世界 - 昭和の名作新聞小説を読む

2014年4月20日 (日)

『暖流』ブログ、はじめました

岸田國士の長編小説、「暖流」。
戦前から戦後にかけて、多くの人々に愛され、幾度も映画化・ドラマ化されてきた作品です。

この名作小説を、ウェブ上で誰もが手軽に読めるようにと、こんなブログを始めました。
岸田國士 「暖流」の世界

上記ブログの特徴とPRポイントは、次の3点です。

1. 『暖流』本文が、Web上で手軽に読める
現在、『暖流』本文をWebで読むことができるのは、このブログだけです。
本作は既に著作権切れではありますが、他所ではまだ、自由にアクセスできるようになっていません。
例えば、国会図書館ではデジタル資料化されていますが、館内限定閲覧。
青空文庫でも未公開です(現在、「作業中」の模様)。
また、紙媒体の書籍にしても、一番新しいものが1991年、岩波書店の全集ということで、一般の読者が気軽に手に取れる状態ではありません。

2. 新かな遣いの、読みやすい表記
出版されている書籍(1991年岩波版など)は全て、1938年連載当時の、旧かな遣い・旧漢字で表記されています。例えば、
「どつちつて別にきまつてませんの。その針、いたゞいてつていゝか知ら……」
という具合ですが、現代の読者にとって、到底読みやすいとは言えません。
そこで今回、読みやすい新かな遣い・新漢字の表記に改めて、ブログに掲載することにしました。

(なお、改訂前の原文を知りたい、という方のために、旧かな版も別途用意してあります。詳しくは、この辺りの説明をお読みください)

3. 新聞連載当時の雰囲気を味わえる
原作は、1938年4月19日から9月19日にかけて、「朝日新聞」で全154回の連載。
そこでこのブログでは、第1話から最終話までを、原作の新聞連載と同じ日付で、毎日掲載していきます。
76年前、ちょうど今日の新聞には、こんな小説が連載されていたんだなあ……
と、臨場感を追体験して頂ければ幸いです。

ぜひ、ご覧になって下さい。

さて、そもそも、『暖流』の全文テキストをどうやって用意しているのかと言えば、これと言って特殊な手段があるわけではなく、ただただ地道に入力しているだけです。
1938年の朝日新聞を見て、書き写して、岸田國士全集(岩波書店・1991)で細かいところをチェックして、本文改訂して……。この繰り返し。

「よくそんな面倒なことやるねえ~」と思われるかもしれませんが、『暖流』は名作だと思いますし、自分でも好きなので、さほど苦にはなりません。
それに、パブリック・ドメイン云々という話とは別に、個人的な動機もいくつかあります。

一つは、今自分が書いている小説の、時代と舞台(大正~昭和戦前期の東京)が、ちょうど『暖流』と重なるため、勉強と下調べを兼ねて。
当時の階級風俗が豊かに描かれている小説なので、とても参考になります。

もう一つは、写経的動機です。
ほら、お経や日本国憲法を、毎日少しずつ書き写してる、っていう方いますよね。
『暖流』は新聞連載なので、1話が1000~1200字ほど。分量的に、ちょうど手頃なんですよ。
不規則でストレスの多い生活を送っている私ですが、毎日決まった分だけ『暖流』を写経している間は、落ち着くというか、心が整って参ります(笑)。

全154話で、4月19日から始まり、9月19日で終わる予定です。
(この、ゴールがきっちり見えているというのも、精神安定上いいのです)

暖流ブログには、純粋に『暖流』のテキストだけを載せることにし、こちらの藍色手帖ブログには、普段の日記と並行して、暖流の原作小説・映画・ドラマなどについて語りたいと思います。
しばらくの間、どうぞおつきあい下さいませ。(坂本葵)

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