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2019年10月 3日 (木)

劇団印象-indian elephant-公演「瘋癲老人日記」

病に苦しむ77歳の卯木督介(うつぎ とくすけ)老人が、若く美しい息子の妻颯子(さつこ)に執着し耽溺していくという、谷崎潤一郎の小説「瘋癲老人日記」を原作とする劇団印象の舞台公演

鈴木アツト演出の今回の舞台では、ヒロインの颯子を5人の女優(落合咲野香、杉林志保、松田珠希、宮山知衣、山村茉莉乃)が演じる。彼女のモチーフである真紅のドレス、もしくは半裸にバスローブをまとって、場面が切り替わるごとに異なる女優が登場することもあれば、舞台のあちらこちらから「おじいちゃん」「おじいちゃん」と呼ぶ声が響くこともあり、督介老人の身体に痛みが走り神経が昂ってくると、5人の颯子が一斉に彼を取り囲んで幻惑する。

しかも、5人の女優が演じる対象は颯子だけではなく、住み込みで老人の世話をしている佐々木看護婦、回想の中の在りし日の母親や乳母、さらには老人が日々恐怖するところの「死」そのものにまで及ぶ。さらにもう1人の女優(吉岡あきこ)は颯子は演じない代わりに妻(婆サン)を演じるほか、看護婦、母、乳母、死の役に加わる。黒衣の「死」たちと一緒に、「もういいかい」「まあだだよ」の掛け声で「だるまさんが転んだ」遊びをするという、明るく残酷な冒頭の場面は原作に存在しないものだが、死を遊戯化することで恐れつつ愉しむという本作の基調にかなったものだろう。老人にとって颯子は、魅力的な恋人であると同時に色香でたぶらかし金品をたかる悪女でもあり、甘えを許してくれる母/支配的で厳しい母、神聖な弥勒菩薩/汚れた娼婦、と多面的な顔に映り妄想の中で混濁しているのであるが、5人の女優が演じる颯子はそうした万華鏡的なヒロイン像を表現することに成功していると感じた。

督介老人を演じるのはベテラン俳優の近童弐吉だが、これに岡田篤弥が「若い男」を象徴する役で配置されていたのが面白い。これまた1人の俳優が、颯子の夫浄吉(じょうきち)、彼女と仲のよい従兄弟の春久(はるひさ)を演じるのだが、しばしば督介老人の台詞にまでも乗り込んで来るのだ。あたかも老人の精神が2つに分裂し、若者としての卯木督介というアルターエゴが出現したかのように。時には快活でエネルギッシュな「若い男」が老人の立場を乗っ取り、老人は操り人形に過ぎないように見えることもある。春久が黒人の仮面を付けて大袈裟な身振りで登場した点は一見分かりにくく感じたが、そもそも颯子と春久がただならぬ仲になっているのではないかと考えて(被虐的快感に浸って)いるのは老人の妄想であり、すると春久はその役割にふさわしい男性的魅力を誇張した仮面の姿であるべきだということか(ただ、これは颯子が映画「黒いオルフェ」の黒人俳優や黒人ボクサーの魅力を饒舌に語る原作の長台詞をふまえていれば分かるが、舞台の省略された台詞のみで観客がそこまで読み込むことは難しいのではないか)。いずれにせよ、原作小説においてもこれまで各種の映像化やラジオドラマ化においても、今ひとつ影の薄かった寝取られ男の浄吉と当て馬の春久が、演出次第でこのように存在感を発揮できるというのは大きな収穫だ。

「瘋癲老人日記」とは結局のところ、死の恐怖を楽しく克服するための実験小説(※作者自身の実生活での身体を張った実験も含む)だと私は考えているが、本上演はジェットコースターのようなスリルと楽しさにあふれた舞台だったと思う。そもそも「瘋癲」は、今朝ハ(血圧)一八〇・一一〇。プルス百。看護婦ニスヽメラレテセルパシール二錠アダリン三錠飲ム」といった無味乾燥な闘病記録と、颯子の足を舐めて興奮したというような話が同時に書かれているクレイジーな日記。それらがクロスオーバーする(足を舐めて興奮したら血圧が最高値を更新!)ところは壮大なギャグであるわけで、舞台でもためらうことなく渾身のギャグシーンとして表現されていた。颯子の足型から作った仏足石の下で眠ることで死後も永遠の快楽のうちに生きられるというラストに至っては、アブノーマルな特殊性癖の話を聞かされていたと思ったのに、いつの間にか人間が不死の超人へと進化する瞬間に立ち会ったような、謎の感動すら呼び起こすものである。

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[上演データ]
劇団印象-indian elephant-公演
日程:2019年10月2日(水)~6日(日)
会場:下北沢・小劇場B1
原作:谷崎潤一郎
構成・演出:鈴木アツト
CAST:近童 弐吉、落合 咲野香、杉林 志保、松田 珠希、宮山 知衣、山村 茉梨乃、吉岡 あきこ、岡田 篤弥

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