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2015年4月

2015年4月 5日 (日)

「谷崎潤一郎展」ワークシートを解いてみた

神奈川近代文学館で開催中の「谷崎潤一郎展」。
展覧会全般に関してはこちらの記事で詳しく紹介しておりますので、よろしければご参照ください。

さて、展示会場の入り口に「ワークシート」という一枚の紙が、鉛筆と共に置かれていました。「ああ、ミュージアムでよくある子供向けの教育用クイズね」とその時は思い、まずは展示を集中して見たかったので、シートは鞄の中にしまいました。結局、充実した展示を一通り見るだけで結構な時間が掛かり、シートには手をつけずじまい。

ところが、帰りの電車の中でふと思い出し、シートを取り出してみたところ……
何これ。ぜんぜん子供用じゃなかった! やたら難易度高い! マニアック!!
と驚愕したわけであります。以下がそのワークシートの現物です(クリックで画像拡大)

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いかがでしょう? これ正直なところ、大学で国文学を専攻している学生にすら難しいんじゃないかと。もちろん「展示を見ながら答えを探そう」という使い方なのですけれども、いやいや、あの多岐に渡る展示物の中からこの20問の答え全部を探してくるのって、それなりにリテラシー(およびある程度の前提知識)が要求されると思うんですよ……。

念のため、知り合いの谷崎研究者にも見せて尋ねてみたんですが、
「これ難しすぎるよ」
やっぱりー!!

どういう層を想定して作られているのか分かりませんが、個人的には、谷崎のファンか修士院生以上の研究者でないと難しいんじゃないかな? と思いました。

すごい……すごいよ、神奈川近代文学館……! いい意味でぶっ飛んでるよ。こんな、谷崎ファンにとっては狂喜乱舞もののマニアックな問題つくってくれるなんて……!!

というわけで、わたくし、この問題にトライしてみました。
先述の通り、本来はあくまで「展示を見ながら答えを探して書き込む」式のシートなのですが、甘くみて手をつけずに持ち帰ってしまったため(笑)、見てきた展示の記憶を頼りに解いてみます。

答え合わせについては、正式な解答例は展示会場の出口に置かれています。が、これも見てこなかったため、上記の谷崎研究家の先生に採点していただきました。(口頭でコメントされたことを、私が赤で書き込んでいます)
それでは、解答→赤ペンで丸つけした結果を以下に示します。
(※これから展覧会へ行く予定のある方にとっては一種のネタバレ?になりますので、自己責任で閲覧して下さい。クリックで拡大画像が表示されます)

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やばい……。先生の採点が、輪を掛けてマニアックだった!!
マルのところはさておき、△や×を貰ったところがどんな感じになっているか、ちょっと見てみましょう。

【問7】 関東大震災で横浜の自宅を失った谷崎はどこへ移り住んだでしょうか?

私: これどの程度細かく答えればいいんですかね? あと、谷崎ってしょっちゅう引っ越ししてるからいつの時点かって話にもなりますよね。うーん……。解答「ざっくり言うと関西、細かく言うと京都、その後兵庫の岡本」。どうでしょう先生?
先生: こういう時は「阪神間」と答えるのがベストです。
私: (なにその万能感あるスマートな解答……!)

【問11】 谷崎は大恋愛の末、1935年(昭和10)に松子と3回目の結婚をします。谷崎はどういう言葉で松子に思いを告白したでしょうか。

私: え、これどうやって解答すれば……? まさか、この小さな欄に谷崎の恋文の内容ぜんぶ書くわけにいかないですよね。とりあえず、キーワードだけ上げとけばいいですか? 解答「御寮人様/主従/茶坊主/奉公人」
先生: 「お慕い申し上げております」 一言でいうならこれでしょう。

 

【問13】 谷崎が松子、重子姉妹に送った手紙の中で一番長い手紙の長さは?

私: 去年公開された手紙のことですよね。「手紙の長さ」って、文字数なのか物理的な紙の長さなのか、メートルなのか尺や寸なのか、答えの単位がよく分からないんですけど、紙の長さ(メートル)でいいんですかね。3メートルくらいでしたっけ?
先生: 8メートルじゃなかった?
私: (ネット検索する)→3.75メートル、だそうですよ。
先生: そうだっけ。
※先生でも間違うほどのマニアックすぎる問題

【問16】 晩年の谷崎は京都から熱海に移り住みますが、1959(昭和34)年に発表した「夢の浮橋」では口述筆記の方法をとりました。どうして口述筆記を行ったのでしょう。

私: 解答「長年の酷使により右手を痛めていたため」。
先生: 前半は違うよ。高血圧が原因ですよ、あの人いっぺん倒れてるから。
私: でも展示パネルにはこう書いてありましたよ。ほら、文学館の公式サイトにも「永年酷使した右手の痛みに悩まされ」って。
先生: それは違うんじゃないかな。
※そんな細かい学説上の見解の相違を私に言われても困りますので、文学館の方へどうぞ

【問18】 谷崎が死の直前に構想していた物語の若い女主人公の名前は?

私: 解答「魑魅子(ちみこ)」。
先生: フルネームじゃなきゃ駄目だよ。「御菩薩(みぞろ) 魑魅子」
私: (マジかよ……! 解答ハードルの高さ半端ねぇ)

【問19】 谷崎は死に瀕していた時、何と言って起き上がろうとしましたか。

私: これ展示では「僕は小説を書かねばならない」的な言葉が紹介されていました。でも松子夫人の手記では「これじゃ僕は死んじまうよ」とか書いてありましたよね。どっちが正しいんですか?
先生: 「僕は東京に行かなければ」という説もある。人間、死ぬ前にはいろんなこと口にするでしょ。
私: (……!!)

【問20】 京都・法然院の谷崎の墓に植えられている木は?


私: あのー私、生きてる谷崎にしか興味ないんですね。申し訳ありませんが墓とかほんと興味ないんです。まして、墓に植えられてる木なんて知りません。なので適当に答えますけど、今日は桜が綺麗だったし「桜」でいいや。
先生: 私も知らんけど、谷崎だから松なんじゃないの。
私: (展覧会図録を見る)→桜、だそうですよ。
先生: ……。
※やっぱり先生でも間違うほどのマニアックすぎる問題

――いやあ、濃かったー!! 研究者も苦戦するスーパーマニアック谷崎ワークシート!
皆さんもぜひ解いてみて下さい。

2015年4月 4日 (土)

谷崎潤一郎展ノススメ(神奈川近代文学館)

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「没後50年 谷崎潤一郎展 絢爛たる物語世界」が、神奈川近代文学館で始まりました(4月4日~5月24日まで)。昨年11月には288通に及ぶ未公開書簡の発表、そしてつい先日の「春琴抄」「細雪」創作ノート印画紙の発見など、新資料の発掘で話題となっている谷崎潤一郎です。本展は、これまでの谷崎研究の粋を集めた回顧展覧会。

私は昨日(4月3日)オープンに先立って行われた内覧会に参加してきましたが、「素晴らしい!」の一言。自筆原稿、友人たちや家族と交わした書簡、写真、挿画の原画、生前愛用したマントや手袋など、豊富な資料展示に圧倒されます。たっぷり時間をかけて見終わったあとは、しばらく近くの喫茶店で放心状態になってしまったほど……。

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「己はいまでに自分を凡人だと思ふ事は出来ぬ。己はどうしても天才を持つて居るやうな気がする。己が自分の本当の使命を自覚して、人間界の美を讃へ、宴楽を歌へば、己の天才は真実の光を発揮するのだ」―『神童』より
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入口には、谷崎64歳(昭和24年)頃の写真肖像が。小説『神童』からの引用がエピグラフとして掲げられています。

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会場内の様子です。「陰翳礼讃」を意識してか、暗闇の中に浮かび上がる光を強調したライティング。
 ・序章 幼少時代
 ・第一部 物語の迷宮(ラビリンス)
 ・第二部 <永遠女性の幻影>
 ・終章 老いの夢
という展示構成になっています。

多岐に渡る展示物ですが、メインはやはり自筆原稿や書簡です。
谷崎は達筆ではないけれど、崩さず読みやすい字なのでスイスイ読めてしまう。それで、つい展示ケースの前で読み耽ってしまうのですね。はい、ここが罠です(笑)。どれだけ時間があってもなかなか先へ進みません。これから行く予定の方はしっかと覚悟して下さいね。

ちょっと話はそれますが、もしこれが悪筆で知られる石原慎太郎先生の生原稿だったらえらいことで、たぶん一文字も判読できないと思うんですよね(>比較画像)。その点、谷崎の字のなんと読みやすいこと!

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話を戻しましょう。ここから先、展示物の撮影は不可だったので写真をお見せできないのが残念ですが、まあぜひとも実際にご覧になってみて下さい。印象的だった資料をいくつか紹介します。

哲学者の和辻哲郎と谷崎との間には、こんな逸話があることで知られています。オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』の原書(英語)を、和辻が谷崎に貸したのですが、あちこちアンダーラインが引いてあった。返す時谷崎は、「君がアンダーラインを引いたところ以外が面白かった」と言う。それで和辻は己の才能に限界を感じ、創作家になることを断念した……というお話。その『ドリアン・グレイの肖像』、現物が見られたので感激しました。ちゃんと赤線引っ張ってある箇所も見られます。

谷崎の渡辺千萬子宛書簡はすごいですよ。77歳のお爺ちゃんが若い千萬子さん(義理の息子の妻)に「あなたの靴で僕を踏みつけて(大意)」って懇願する手紙! しかも小学生みたいな下手くそな字で! (晩年右手を痛めていたせいだけど)

もちろん、松子(三番目の妻)宛の有名な手紙も展示されていました。結婚に際し「今後は御寮人様の忠実な従僕としてお仕えいたします」という誓約書です。

子供嫌いで知られる谷崎。家庭内でも藝術的な雰囲気を重んじ、長女鮎子の誕生時にはエッセイ「父となりて」で、子供を持つことになった煩わしさを表明しました。その他冷淡なエピソードには事欠かず、とかく子供には冷たいイメージのある谷崎ですが、鮎子宛ての情愛のこもった書簡集が注目され、父親としての谷崎像が見直されているとのこと。
本展でも、鮎子への書簡はまとまった展示がなされています。鮎子が雑誌に「父・谷崎潤一郎」に関するエッセイを書いたあと、「父のことを父の許しもなく書いてはなりません」とたしなめる手紙もあり。お父さん……。

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で、そこへ突如、「文豪ストレイドッグス」という人気マンガのコラボ展示が現れ、昭和モダーンの世界に2010年代感が混入するわけですが。谷崎がイケメン化されている………。

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図録はこのような感じです。100ページ超の充実した図録です。

【まとめ:展覧会を見に行く人へのアドバイス】
以上で何となく雰囲気が伝わったかと思いますが、ともかくこの展覧会は濃いです。特濃です。「文学館の展示なんて、会場も小さいし30分もあれば見られるでしょ」などと考えていると、とんだ見込み違いになるかもしれません。最低でも1時間は想定しておきたいところ。

また、文学館でも美術館でもそうなのですが、どこの展覧会場に行っても「展示物の前で薀蓄を語るインテリ風のおじ様と、熱心に聞き入る連れの(若い)女性」という組み合わせが、現象としてほぼ確実に見られます。そういう時はせっかくですから、さりげなくそちらへ近づいて耳をそばだて、文学薀蓄の恩恵にあずかってしまいましょう!

それから、会場である神奈川近代文学館に初めて行かれる方は
 ・駅からそこそこ遠い
 ・やたら高い丘の上にある
 ・陸の孤島のような場所にある
ということを認識しておいた方がよろしいかと思います。文学館の公式サイトに、とても親切で分かりやすいアクセス案内がありますので、事前によく目を通しておくことをオススメします。

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