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2014年5月 5日 (月)

[本] 妙木忍『秘宝館という文化装置』

 

「秘宝館」とは、等身大のセクシー人形など、性にまつわる品々を展示した、「性の博物館」である。1970年代頃から温泉地を中心に設立され、最盛期には全国約20館にまで拡大した。だが近年、多くの秘宝館が相次いで休館に追い込まれ、現在残っているのは3館のみ。

本書は、いま急速に消えゆく秘宝館の歴史を記述し、「複製身体の観光化」という視点から読み解こうとするものだ。
著者は、ジェンダー研究を専門とする、社会学者の妙木忍さん。2005年から秘宝館のフィールドワークを始めており、本書は約9年間の調査研究、学会発表、学術論文、講演などを集大成したものである(本書p.202)。

要するに、とても真面目な研究書なのです。セクシーな表紙につられて衝動買いしたり、単なる下心だけで本書を手に取ると、確実に失望するでしょう。日本のエロティック・ミュージアムについて、ちゃんとした知見を得たい、という人にはおすすめです。

さて、本章は全5章から成り立っている。その中でも、日本初の秘宝館である、「元祖国際伊勢秘宝館」(1972-2007)の成立について述べた、第2章「秘宝館の誕生」が、私にとっては最も興味深い章だった。

その理由は二つあって、まず一つはごく個人的な事情。現在自分は、大正期の宝石職人の物語を書いており、御木本幸吉の真珠養殖についても調べているのだが、伊勢秘宝館の創設者である松野正人(1929-1989)という実業家は、御木本やジュエリーとも関係を持っていたらしい。これは、興味を引かれる。

正人の父の勢太郎は、鳥羽で漁師をしながら真珠の仕事もしていた。御木本の真珠養殖業の世界的な成功を目の当たりにして、自分も貝細工を作り、鳥羽の港で外国船の船員たちに、ブローチやボタンを売っていた。
息子の正人は、長じて事業家となり、貝の彫り物などを手掛ける「松野工芸」を設立。そのほか、流行や世相に敏感に飛びつき、様々な事業(ストッキング製造やトタンの仕入れなど)にも手を出すが、いずれもうまく行かなかったようだ。(pp.47-48)

この辺りのエピソードは、御木本幸吉の若い頃の逸話と通じるものがあって、なかなか面白い。御木本も真珠で名を成すまでは、いろいろな事業に手を出し、そこそこの成果を上げたり、大儲けを目論んだ挙句失敗したりして、やや山師めいたところがあるのだ。

松野正人の事業が好転した転機は、指輪のキャストの開発である。指輪の台や爪が手作りだった時代に、キャスト(型)に金属を流し込む方法を開発して、大量生産を可能にした。社名を「松野工芸」から「松野パール」に変更し、真珠やジュエリーの卸売、直売を始めて成功を収めたようである。
その後、真珠(フジヤマ・パール)をニューヨーク万博(1964)に出品するため渡米。アメリカのドライブインやモーテルを見て、「日本もこれからは車社会になる」と考え、帰国後、伊勢の県道沿いに「ドライブイン・パールクイン」を開設した。伊勢神宮に向かう団体観光バス客が主なターゲットで、レストラン、宿泊施設、遊技場、真珠直売所などがあった。
この遊技場の空きスペースに、松野正人の個人コレクション(海外旅行で集めてきた、エロティックな人形など)を展示したのが、1972年、元祖国際伊勢秘宝館の始まりなのだという。(pp.49-50)

なお、遊技場というのは、1971年に作られたボウリング場のことで、第一次ボウリング・ブームが下降線をたどり、空きスペースが増えるにつれ、性愛コレクションの展示場所を拡大していったらしい。この時代、ブームに乗ってボウリング場を建設したものの、廃れてしまった後には巨大な施設だけが残り……という話はよく聞く。いかにも世相の産物だ。

さて、もう一つ、本章で私が大変気に入った箇所がある。
伊勢秘宝館には、いかがわしいエロティック人形だけでなく、妊娠の仕組みや性病などを説明するための、医学用模型も多数置かれていた。面白いのは、そうした医学用人体模型も、エロティック人形も、「京都科学標本株式会社」という同じ企業が製作していた、という点だ。
そのことを示す資料に遭遇した著者が、衝撃を受ける場面。要約では味気ないので、少々長くなるが引用しよう。

さらに、近畿観光開発の経理台帳記録を見てみよう。「S.M. 水車」「S.M. オリの中の女」「保健衛生」「飲酒運転」「人形二体」と書かれている。金額は順に、四百四十万円、二百三十万円、八十五万二千円、五十万円、三十万円と記載されている。この経理台帳記録は、解剖模型と性的な等身大人形が同時に納入されたこと、また、医学展示の技術が性的な等身大人形の製作に援用されたことを示しているようだ。
 筆者はこの記録を見て大変驚き、調査を打ち切って寝込んでしまった。筆者のなかには、医学の模型は医学の専門会社が、性的な等身大人形は別の会社が作っているのだろうという思い込みがあったのだ。(pp.69-71)

寝込んでしまった著者には申し訳ないが、私はこの箇所を読んで、ゲラゲラ笑い転げてしまった。著者の妙木さんが、頭を抱えてくらくらしている姿を想像すると、どうも可笑しくて仕方がない。それにしても、わざわざこんなことを著書に書くなんて、正直すぎるというか、チャーミングな方なのだと思う。

というのは冗談半分として、私も別分野で似たような現象に出くわし、やはりショックを受けた経験があったため、これには大いに共感するところがあった。
私の場合は、日本のマネキン人形の歴史について調べる必要があったとき、それこそ「マネキンなんてキッチュな実用品は、芸術とは何の関係もないだろう」という思い込みが先立っていた。ところが、いざ調べてみると、例えば大手マネキン会社の「七彩」の創始者、向井良吉は戦後日本を代表する彫刻家であり、初期には宮本三郎、猪熊弦一郎、田村孝之助といった洋画家たちも、デザイン企画に関わっていたことが分かり、驚くと同時に不明を恥じた(※寝込んではいませんが)。

本書では、朝倉無声や木下直之の見世物研究、荒俣宏や田中聡の衛生博覧会研究など、先行研究を検討しながら、生人形(いきにんぎょう)/性的な等身大人形/医学用人体模型、これらの連続性について論じられている。

このほか他章では、秘宝館と温泉観光地との関わり、ヨーロッパのミュージアムとの比較考察などもなされており、興味深い論考に満ちた一冊。

[補足]

なお、元祖伊勢国際秘宝館については、以下のサイトから、詳細な写真レポートを見ることができます。
2009年3月末、伊勢秘宝館の閉館時に撮影された写真、とのこと。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~punch-ht/chinsp/c021001.html

(※廃墟ファンの男性が、廃墟や謎スポットについて紹介しているサイト。本書の著者である妙木さんとは、無関係です)

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