キャラ萌え小説としての『暖流』
タイトルは、無難に「キャラクター小説としての~」にしようかどうか迷った挙句、真面目な方々からお叱りを受けることを覚悟で、「キャラ萌え」にしてしまいました。すみません……。
というわけで、少々軽薄な物言いになりますけれども、岸田國士『暖流』(1938年)における、登場人物の魅力を語りたいと思います。
とある名門病院の再建をめぐる人間ドラマと、そこから生まれる恋愛ドラマ。物語性豊かな『暖流』では、この二つがストーリーの大きな柱となり、絡み合って展開します。
多くの人物が登場しますが、恋愛ドラマにおける主要なキャラクターは、次の4人。
志摩病院の再建を任された青年実業家、日疋祐三(ひびき ゆうぞう)。
院長令嬢の、志摩啓子(しま けいこ)。
看護婦で、啓子の旧い友人でもある、石渡ぎん(いしわたり ぎん)。
そして、啓子の婚約者となり、将来の院長の座を狙う外科医、笹島(ささじま)。
彼らが三角関係ならぬ、四角関係を繰り広げていく、心の葛藤が大きな見どころとなっています。
まず、ヒロインの啓子。二人の男性の間で心が揺れ動きます。
病院のため、志摩家のために尽力してくれている日疋さん。だが、合理主義で実業家気質の彼とは、根っから価値観が合いそうもない。ずけずけと、不躾な口のきき方ばかりするし……。
笹島先生は、優秀なエリート外科医には違いないけれど、キザで傲慢なところが嫌。ちょっと悪い噂も聞くけど、本当に大丈夫?
……という具合に、二人とも彼女にとっては不安要素だらけで、生涯の伴侶とする決断には、なかなか踏み切れません。
この構図、ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』に似ていて、個人的には非常に好みでございます。
というか、恋愛小説(もしくはラブコメ)における、もはや普遍的な「型」の一つですよね。
(啓子がリジーで、日疋がダーシー、笹島先生がビングリー、に当たるでしょう)
一方で、看護婦のおぎんちゃん。
啓子のウダウダぶりに比べると、彼女はずっとさっぱりしています。
とにかく、日疋さん一筋! なんですから。これはこれで、潔くてよろしい。
そういうわけで、二人の女性は好対照に描かれています。
洗練された都会人、ちょっと勝気なお嬢様の啓子。
純朴な清純派ナース、おぎんちゃん。
なお、おぎんちゃんは、かつては啓子と同じ女学校へ通っていた良家の子女でしたが、家が凋落し、今では看護婦として貧しくも懸命に働いているという、健気キャラでもあります。
しかも、それが啓子の父が経営する病院だというところが、一層不憫さをそそります。
どちらが好みで、感情移入できるかは、人によりけりでしょうから、「私は啓子さん派」「断然おぎんちゃん派!」などというふうに、周囲と盛り上がりながら楽しむのも一興でしょう。
男性陣に移ります。
実業家の日疋さんと、外科医の笹島先生ですが、「ちょっと微妙……」な点については、既に啓子さん視点で見ましたので、今度はおぎんちゃん方面から、日疋さんに胸キュンしてみましょう。
最初のうちは確かに、「なにこの不愛想でつまらん男……」って感じなんですけど、病院の再建に向けて、周囲の無理解にもめげず、黙々と孤軍奮闘する彼の姿に、だんだん引き込まれていくんです。
黙って仕事して、背中で語る、「ザ・昭和の男」でございます。
気が付けば夢中になっていて、日疋さんの不器用な訥弁すら愛おしい……と思うようになったら末期症状です(笑)。
(ええ、何を隠そう私自身も、日疋さんが大好きなのである)
さて、対する笹島先生ですが、そもそもこの人、名前の時点で負けてます。
だって、他の三人はちゃんと下の名前があるのに、笹島先生だけないんですよ?!
作者からの愛が足りないわあ~(苦笑)。
(ちなみに、あまりの不憫さゆえか、2007年版のドラマでは「和也」という名前が付いています。しかも、「和也、って呼んで下さい」なんていう、カワイイ台詞まで。よかったね、和也くん)
まあ、それはともかく、東大医学部卒のエリートです。
性格はやな男ですよ。キザで、プライド高くて、傲慢。
志摩病院院長の椅子が目当てで、啓子嬢に近づきます。誠実そうな男を装って。
しかも、どうやら身持ちがよろしくないという、典型的な色悪ですな。
でもね……。同時に、この種のキャラにはありがちなのですが、いまいち冷酷非情な男になり切れないというか、要するに、ツメが甘い。
結構、間抜けなお方です。
(なお、本宮泰風演ずる2007年版のドラマでは、ツメの甘さとマヌケっぷりが突き抜けた末に、笹島先生が「kawaii☆」の域に達していたことを、お知らせしておきます)
こちらも、日疋さん派と笹島先生派に分かれるんじゃないでしょうかね~。
ちなみに私は、「日疋さん×おぎんちゃん」で幸せになってほしい派、です。
物語はどんな展開になっていくのでしょうか?
一日一話ずつ掲載していきますので、本編の原作小説は、こちらからどうぞ!
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