谷崎潤一郎の愛した美猫(2)
文豪・谷崎潤一郎が、阪神時代に飼っていた猫の「タイ」。(参考:前回の記事)
さて、これまでシャム猫であるとされてきたタイですが、今回の記事では、その点に関する疑問を提起したいと思います。
これが、谷崎に抱っこされている、タイの写真です。
(昭和11年、反高林にて、渡辺義雄撮影。芦屋市谷崎潤一郎記念館所蔵)
さあ、この写真をよく見て、果たしてシャム猫に見えますか?
……と言われても、そもそもシャムって、どんな猫だか分からない……。という方のために、参考図版をお見せしましょう。
上の写真とほぼ同時代(昭和9年)に撮影された、大佛次郎夫妻のシャム猫です。
現代のシャムと比べると、だいぶ丸顔でずんぐり体型ですが、これが1930年代当時の典型的なシャム(オールド・スタイル、トラッド・スタイル)です。ちなみに、今のシャムが極端に鋭角的で痩せているのは、長年にわたる品種改良の賜物であります。まあ、それはともかく……。
谷崎さんちのタイちゃん。あなた、本当にシャムですか??
と疑いたくなるほど、同じ猫種には見えません。
特に、シャムの最大の特徴である「ポイント」がなく、その代わり、毛並みに縞があるのが気になります。少なくともこの点だけで、いわゆる正統派のシャムではありえません。
そこで、次のような3通りの可能性を考えてみました。
(1) タイは、シャムではない。 (にも関わらず、谷崎はシャムだと信じていた)
(2) この写真は、他の猫の写真である。 (にも関わらず、タイの写真だと信じられてきた)
(3) タイは、特殊なシャムである。
(1)について、タイは「シヤム猫」だと谷崎自身が書いているのは、「当世鹿もどき」です。
また、件の写真を見て「シャムでないのでは?」との疑問を抱いたのは、私だけではないようで、例えばこのブログの方は、シンガプーラという猫種ではないか? と書いておられます。
(2)、谷崎は同時に何匹もの猫を飼っていましたから、これが実は他の猫の写真だった、というのは、理屈としてはありえる話です。
(3)だとしたら、具体的にこの猫は、正統派ではなく「タビー・ポイント」のシャムである可能性が考えられます。以下詳しく説明しましょう。
1930年代当時、英米のキャット・アソシエーションで公認されていたシャムは、「シール・ポイント」と「ブルー・ポイント」の2種のみでした。ポイントというのは、体の末端部(耳、鼻先、手足、尻尾など)の毛だけ、濃くなっている部分のことです。大雑把に言うと、「シール」は黒、「ブルー」は灰色を意味すると考えて下さい。
つまり、黒かグレーの純粋なポイントを持つ猫だけが、当時認められていた正統派のシャム。参考としてあげた大佛次郎のシャムは、このタイプに当たります。オレンジやライラックなどそれ以外の色、縞やサビを持つ猫も存在していましたが、公認はされていませんでした。
さて、一方のタイですが、耳の後ろが黒く、額には縞模様(タビー)が見られます。また、右腕にも、はっきりした縞模様が確認できます。そして、頬のヒゲの生えている箇所には、黒く濃いソバカスのような点々が。これらは全て、タビー・ポイントのシャムに顕著な特徴です。(本当は、尻尾や肉球なども見られると、より確実なのですが、この写真には残念ながら写っていません)
ただし問題は、タビー・ポイントのシャム猫などというものが、現実的に考えて、当時の日本人に入手可能だったのか? という点ですね。これに関しては、ペットの輸入・繁殖の歴史を詳しく調べてみないと、断定はできません。
引き続き調べていきますが、本日の報告はここまで。
(ご意見・ご質問などありましたら、コメント欄にお願いします)
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